さっきやって来た小6の男子生徒に、ちょっとした話の中で、
最近、先生、ドラマを観ているんだけど、「ときどきおごってくれる綺麗なおねえさん」というドラマなの。ナイスなタイトルだと思わない?
と話し、ストーリーを話し出した。
あんまり好きな話でもないけど、ちょっと間のうだうだがめんどくさくて、昨夜、最終回だけ観てしまった。
そこで、3つ年上の女の人を好きになるんだけど、その二人、幼馴染で、男の子とそのお姉さんのお母さんが亡くなった直後にお父さんが再婚して、2人で一生懸命に生きてきて、家族のように仲良くしていたのだけれど、お姉さん同士は親友で、弟同士も親友で、でも、みなしごの二人を可愛がっていた、叔母さんも、自分の娘がその弟と結婚するとなると家柄の問題で反対し、お姉さんもあまり嬉しくはなくて、いろんなことで引き裂かれて、最後はでも二人は一緒になるのよ・・・、という話をしていたら、それは、そのお母さんがダメやろ・・・、と言われた。
でもさあ、お姉さんとしても、自分と同い年の人と結婚すると言われたら、はんたいしたくなるものじゃない?などと、なんで真剣な話をしているのだろう?
それから、モテる、モテない、などという話になり、陰キャ、陽キャの話になった。
まだまだこれから成長していく小6生を相手に、いったい何を言っているのか?
でも、私たちはなかなかに仲良しなので、大笑いしておりました。
意外にこういう会話、って、思考力も読解力も高めてくれますが、最近、こういう方面からの伸ばし方があまりないように思います。
教師になりたての頃、雑談一つできなくて、生徒からブーイングが怒りましたが、地方性もあるのか、あるいは時代の流れか、校風か、雑談をしたら、余計な話、として切り捨てられることもありました。
が、そういう生徒はなかなか国語が得意にはなりません。
だって、人のこころを理解するのに、文章だけで、わかるはずがないではないでしょう。
こういう話があって、こういう発言があって、これをどう思う?というアプローチをしな決れば、いくら演習を積んだって、心情理解などできないものです。
だから、チェリーの生徒は、いつの間にか考える力がついて、中三でも高三でも、国語がトップになることが多いのです。