努力が実って嬉しかった思い出。

一人目の時に全くと言っていいほど出なかった母乳。
なんだかかわいそうなことをしてしまったのではないか・・・?といろんな人の言葉に惑わされ、要らぬことをしてしまった経験もあり、二人目は、たまたま母乳育児を推奨しているというより、強制的な病院での出産だったので、私は、自分でも母乳が出るか?と半信半疑ながら、そちらの行っておられる方法に従うことにした。

なんともごつごつした顔の、どこか図々しくぎゃんぎゃん泣いている息子は、おっぱいが出なくて泣いているのではなくて、どうもちょっと早くこの世に生まれてきてもう少しお腹の中にいたかったらしい。不安なのだと教えてもらった。
左腕に頭を載せて添い寝をし、泣いたらすぐにおっぱいを含ませる、という努力が続いた。
そのうち、疲れて、泣いたら揺り椅子の上で抱っこしていたら、看護師さんに怒られた。

先の見えない努力に見えた。
ほかの人は出ているのに・・・。
生まれる前にてあてもしっかりしてあった。

あんまりでないので、糖水を飲ませ出した。
でも出なかった。

それでも吸わせていたら、一グラム、三グラム、五グラム、と飲ませた後の我が子の体重が増え出した。

正直、一グラムに感動したのは初めてだった。
5グラム出てきたころ、看護師さんが、出始めたら楽しいでしょう・・・、と言ってくださった。

5グラム。
小さじ一杯のお乳。

お料理するときの小さじ一杯。

まるで一グラムの塩がその店の命運を賭ける!といったイタリアンレストランのドラマの中の江口洋介の言葉のようだった。

そんな量に一喜一憂するなんて。(笑)

でも、その時の喜びって、やっぱり一生懸命にやって、結果が出た、という喜びだった。

その後むせるほどに出るようになった母乳。
いつまでも吸っていた我が子。
布おむつとおんぶと母乳で、愛情いっぱいやね・・・、と周りに言われていた息子。

あの、深夜、ずっと起きて、出ないことに不安になりながら、それでも何とか・・・、と思っていた頃を思い出す。
ときに前に進む時、それがカタツムリの歩みのようであっても、前に進んでいることを思わされる経験だった。

次に来た時に出なかったらミルク・・・、と言われていたのに、たくさん出るようになった。
いろんなタイプがありますから・・・、と出方について説明してくださった看護師さんの言葉に、半信半疑ながら吸わせていたことを思い出しては、なんだって、前に進むから・・・、と思い出す。