今年の大河ドラマは、めずらしく歴史上の中枢部にいた人を主人公にするのではなく、江戸時代のメディア王とも言うべき、商人であり、プロデューサーであり、まあ言ってみればインフルエンサーである、蔦屋重三郎という人物の一生を描いています。
主人公演じる横浜流星さんを私は存じ上げず・・・。
普通にしていたら相当なイケメンですが、初回を観た時に感じたのは、
まだまだ細いな・・・。
ということでした。
細いって・・・。
なんでも母に言わせれば、
この人、歌手と違うのん?
とのことで、おばあちゃんにも知られている有名な人らしく・・・。
私の専門は江戸期日本文学です。
だから、まあ言ってみれば馴染みの世界。
遊里の話も、西鶴をやっていたので、結構学んだ記憶がありますが、そもそも得意な世界ではないので、もっともっと考え深そうな上田秋成に逃げて、卒論は西鶴にはしませんでした。
でも、今でもちょっとかじっただけなのに、西鶴の世界観、その天才には、読めば読むほどうならされて、親しさもあって、内心、
やるやん・・・。西鶴おじさん・・・。
と同郷のよしみで思ってしまいます。
私のおばあちゃんは、ちゃきちゃきの難波娘でした。
女学校の時に、学校の帰りに心ブラ(心斎橋ぶらぶら)をしたという、悪くなくもない、ちょっとフレキシブルな人でした。
堅物まじめの母だけが自分のルーツとしての女性だとすると、私は息が詰まりますが、このおばあちゃんの話を聴くと、
ああ、よかった!
と胸をなでおろすくらいに心が広がっていくのを感じます。(笑)
ところで、先日から大河ドラマの話では、花魁瀬川が、幼馴染の蔦重と、互いの相手への思いを告白した後、現実を受け入れて、鳥山検校に身請けされるという話でもちきりですね。
これは話題になる話だと思います。
そもそもNHKという公共の媒体で、このような遊里の話をまともに大河ドラマにすることからして(昨年の「虎に翼」にも驚いたけど。)、かなりの勇気?ある方向転換だと思うし、ある意味強者からの歴史という面から弱者の現実にも切り込んでいるのは見事です。。それも江戸の文化を大きく支えた、それも美学に通じる遊里の話です。
幼いころに親に売られ、借金の方に遊里で身を売らなければならない。一見華やかな世界で、売れっ子ともなれば敬意を込めた言葉使いで立てられる一面、遊女であることに変わりなく、結局は、金で買われて身体を差し出すことに変わりはないのです。とはいえ、日本人の懐の深さを感じるのですが、彼女らが年季が明けて、晴れて自由の身になったとき、あるいは誰かの妻か愛人として身請けされた暁には、社会は彼女らを温かく受け入れたといいます。
また、法政大学の総長もされた江戸文化がご専門の田中優子先生(学生時代に論文をたくさん読ませていただいたし、先生のご著書は何冊か持っているし、何より、高岡に来られた時には、美しい先生の講演を拝聴しました。)によると、遊女たちはその親孝行さゆえに、自己肯定感は高かったということです。
とはいえ、女性の人間としての尊厳を考えるとたまらなくもなるというものです。
そんなたまらなさの中での救いは、置屋のおかみさんたちの現実の受け入れ方だったりもします。
水野美紀演じるおかみさんは自身も遊女だったからか、決して理想だけではない、現実を十分に受け入れた上での遊女たちの人生の希望について瀬川に語ります。
いっときの恋に身を任せて、一生を棒に振るのではなくて、もっと現実的な生きるということについて語るとき、現実を受け入れてそれでもしあわせになることをあきらめない強さと預かっている若い娘たちへの愛情を感じます。
そう年齢の変わらない水野美紀さんが、いい女優さんになられたのだなあ・・・、と思わされる、唸らされる名演でした。
子どもに見せられない場面があるという意見もあります。
でも、それなりの年齢になって、かつて日本の社会にあったことを隠してそれでいいというものでもないのだと思います。
生きるということをちゃんと考えるという意味でも、良くない側面も見せながら、みんなで考えていくきっかけになるといいなと思います。
フェミニストたちの、女性が自身の性を売ることへの禁止を訴えることを、迷惑がっている女性も存在するといいます。要するに生きていけないということにつながるのだということです。
ただの理想を語るのではなく、なぜそうなっているのか?ということから考え、そして、何とか女性の尊厳を守れる方向性を探っていけないものだろうか?
ドラマは私たちに、一方で考えることを提示してくれているのではないかと思うのです。
昨年の「虎に翼」も決して気安く観ることのできるドラマではありませんでした。
みんなが、もう疑問を感じることすらできなくなっていることに対して、主人公は、
はて?
と考え抜きます。
こだわりたいけどこだわっては生きにくい。
でも、変。
そういうのって、そういう感覚って、本当に大事だと思います。
今すぐ何かできるものでなくても、いつかできる自分になるためにも。